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透明のかけらを食べる

おふとんの中

シン・ゴジラを観た


題名にゴジラってついてるし、怪物と戦って終わりの映画なんだろう、と思って興味が無かったけど全然違った。


東京に出たゴジラに?どう対策するか?の会議がメインで、  日本の政治の仕組みについて考えさせられる。

ひとつの会見を開くだけでも何重もの会議をして、組織を通して、総理が認めて、やっと決まる。ゴジラが東京を歩き回ってる最中だというのに、会議してる暇あれば攻撃すれば!?とも思うし、だからって誰かが独断で全部決めて上手くいくとも思えない。民主主義って大変だな…と。


おじさんばかり何十人も集まって、自由な発言は許されない空気で、少し若い人がどんな正論を言っても「そんなわけないだろう」で済まされる会議って、やる意味あるの?国会中継とか見てるとまさにこんな感じだけど。


テレビ局でテロップをつくるバイトをしていて、「有識者に確認する意向」みたいな文がしょっちゅう出てくる。有識者に頼めばとりあえず何かがわかるって、誰もが思ってる。すぐに専門家、専門家。有識者は何でも知ってる神様ではない。わざわざ読んだ生物学者たちが何もわからない場面の滑稽さがすごい。


「それ、どこの省に向けて言った?」的なセリフがあった。全部分担、自分の担当する事だけをやるって、効率的にも見えるけど、他の所のことは知らないし責任持たないっていうスタンスにみんながなる。


ディレッタントがたくさんいても、まとまるとは思えないけれど、対策本部の人たちは、形式や専門から抜け出して必死で日本を守ろうとしていた。そうやって頑張れる人たちもいるのだ。いて欲しい。それなら日本もまだ捨てたもんじゃないと思える。



他の人の評価を観ると、会議ばっかでつまらないとか、そんなことありえないだとかいう低評価が多くて驚いた。

そういう人たちに、全部笑えないことなんだよ、と言いたい。原爆も3.11もああやっていくつもの会議をして乗り越えようとして、まだ解決していないことが山積みだ。武力ではアメリカに適わないから、これから何かあったら助けてもらうのは避けられなくて、その代わりにたくさんの要求を飲まないといけない。緊急になれば総理は武器の無制限使用を許可するし、そこら中で爆発が起き得る。


これが大ヒットしたってことは、たくさんの人が日本について考えさせられたはずで、それだけでもこの映画の功績は大きいと思う。